ひょんなことから、あべっちオンラインというチャンネルの動画で座談会に呼ばれることになった私。
実は昔ゲーム雑誌のライターをしていたことがある。声優デビューの10年前くらい。
雑誌の名前は月刊Beep(ビープ)という。
分からない方はごめんなさい。
だって任天堂がスーパーファミコンを出す前のころの雑誌だから。。。古いでしょ?
ただ、Beepはかなりゲーム業界の歴史に残る雑誌だし、ここで私がやっていたことはかなり変わっていたので、この年代の特殊なジャンルの人には需要があるようだ。
今回座談会に参加するにあたっては、やるからには単なる思い出話以上のものにしたいと思い、
Beepの雑誌の説明と、「豊かな感情の掘り起こし」について書いていこうと思う。
かなり昔の話で恐縮ですが、よかったらお付き合いください。
準備して頂いてるこの案件。。
細かいツッコミはWikipediaでも見てね!ってことで、
不明瞭でも豊かな感情の記憶の
掘り起こしをするために全力全開です!!動画内でクイズもやってるのでお手隙の方はぜひご覧ください(^^) https://t.co/b8vjeUnqiR
— バルク大山(TAKE ON!(体)) (@atrauce) June 19, 2021
目次
「豊かな感情の掘り起こし」、とは?まず当時の時代背景からね。
Beepが月間で刊行されていたころは、テレビゲームも黎明期。
ハドソン高橋名人ブームがひと段落して、ファミコンはサードパーティが普通にゲームを供給しだしたり、
PCエンジンが出始めてた頃。(これはBeepでは後期だな)
セガはセガマークⅢが爆発的なヒットをしていたころだ。
Beepは初期のころはよく知らないが、遊び全般を考え直し、そのなかでテレビゲームテレホビーを
位置づけようとしていた総合誌。
ゲームセンターのアーケードゲーム、WINDOWS以前文化、NECのPC98やPC88、FM7、はては家電メーカーを巻き込んだMSX規格、
ファミコン、セガ・・・18禁以外全般を扱っていた。
だからTRPGの特集を組んだり、千葉の君津砦の巨大迷路にもいったり、ゲーム以外でもさまざまな特集があった。
多分、5年余りの歴史の中、前半人気を集めたのはアーケードゲームの紹介攻略記事。
当時、ベーマガ、ゲーメスト、Beepあたりがゲーセンのゲームを詳しく載せていた印象。
(もちろんLOGINだって他のゲーム誌だってそれなりには載せていたはずだが・・・)
その中でBeepはがっつり攻略もするが、個性的なライターが独自の文体で面白おかしく紹介していた。
当時、任天堂の情報公開規制は厳しく、外目で観ても隔週刊行の徳間ファミリーコンピュータマガジンや
集英社週刊少年ジャンプの情報先行公開的なものもあり、
他の雑誌が任天堂の宣伝をしても情報が遅かったり、月刊誌は特にさまにならなかった感じ。
月刊誌のBeepは目玉になる記事構成を「任天堂以外のもの」にせざるを得なかった。
そこで、セガマークⅢが出たんです。
その流れのなかで、セガマークⅢの登場。
マークⅢってくらいで、セガではこれが最初のゲーム機ではない。ファミコンに対してさらなるレベルアップをした対抗機というか。
ローンチソフトは1メガロム北斗の拳、ファンタジーゾーン、極悪同盟ダンプ松本(←女子プロキャラクターものね。)
先に東映動画のファミコン北斗の拳が出ているところで、
ファミコン同タイトルにぶつけたまさに男らしい人気アニメのゲーム化(北斗の拳)、
アーケードゲームのかなりよく再現した移植(ファンタジーゾーン)、
そしてスポーツゲーム(極悪同盟ダンプ松本)(キャラクターもの?)
今思い返しても鉄壁の布陣だ!!熱い。
任天堂はまあVSテニスとか(スーパーじゃない)マリオブラザーズとかゲームセンターにあったけど、アーケードというよりはファミリーコンピュータという印象。
そういう中でゲームセンターでメインの人気はナムコ、タイトー、セガなどで、
アーケードと家庭用両方のハードをもっているセガは
今と比べ物にならないほどファンの熱い期待を背負っていたのだった。。。はずだ。
そのあと、セガについてはメガドライブやサターン、ドリームキャストとセガハードは世に出たが、
アーケードと家庭用のゲームの内容の差がなくなるにつれて、アーケードに近づくにつれ皮肉にも、その興奮度は下がっていったと思う。
そんなアーケードと家庭用のゲームが絶妙に共存していた時代、
当時どこかの雑誌がセガマークⅢを取り上げていくのはある意味時代の必然・・・といった感があった。
Beepで自分が何をしたかは(現時点では)秘密です。。
そういう中で私はライターTAKE ON!(たけおん)として参加させてもらい、
セガはもとよりファミコン、PCエンジン、メガドライブ、MSX、パソコン、アーケード様々なジャンルのゲームを紹介し、攻略し。
はては自分の企画を通し、かなり好き勝手なコーナーをやらせてもらった。
その内容はあべっちさん動画がつまらなくなるので、現時点では書かないが、
当時のゲーム雑誌では考えられない、普通やろうとしないことばかりやっていた。
今回はライター仲間というか、アーケードが軸足の大先輩の雅さんとあべっちさんとの座談会で、
まあ、わたしは足をひっぱるというか、脱線担当になるはずなので、最初に謝っておきます。。。
(まとめ)で、「豊かな感情の掘り起こし」って何?と聞かれたら。ガンダムに例えて説明しよう。
当時の記憶はもろく、いいかげん。
紙になる前の和紙材料のように水の中でふわふわしている。
そんな状態で、セガヒストリーみたいなものを読んだり、Wikipediaで裏をとったりしたら
記憶が書き換わり、たちまち記憶としてのレア度、新鮮さが失われる。
関係ないが、たとえば現在のガンダム映画「閃光のハサウェイ」
当時小説で世に出たときは、
多くのファンは「またガンダムか・・・」とげっぷが出ていたはずなのだ。
そりゃそうだ、Zガンダム、ガンダムダブルゼータZZと続けて数年後逆襲のシャア。。。
当時は手を変え品を変え延命するノウハウがなかったので、
マジンガーZだって、長浜ロマン(コンバトラーV~ダイモス、ダルタニアス)だって、ウルトラマン(帰りマン~レオまでね)だって
数年しか続けられなかった。
直線的なパワーアップ(去年のより強い、みたいな)、子孫家族を出すくらいしかシリーズを続けられなかったのだからしかたない。
小説「閃光のハサウェイ」のころはもうその辺のどん詰まりで、モビルスーツだって
森木靖泰さんに好きにやらせたような印象の(注:個人的にはゼオライマーとかも大好きなんですよ!!)かっとんだモビルスーツ。
ほんとに(もう普通に作ることがなくなったのかな・・・ガンダム)
て感じしかなかったわけである。
現在、小説を基にした映画「閃光のハサウェイ」はガンダムらしさを払拭して大ヒット。
ちょうど攻殻機動隊をイノセンスに仕上げたみたいなイメージ戦略を感じて、よくやったなあと思われる。
WIKI的には「閃光のハサウェイ」は令和の名作と書かれるだろうが、
30年前くらいの小説発表当時のいろいろな期待やがっかり感(←この辺が今回の「豊かな感情の掘り起こし」!!)とかも
しっかり覚えておきたいという。
自分がいう当時の記憶とはこういった感じのことである。
事実よりも幼い自分がどう感じたか。そういうものを大事にしたい。
また当時感覚をもって共有できるものなら、押し付けがましくない程度に分かち合いたいというものである。
こういう気持ちを大事にしながら、近々の対談に臨むものであります。
よかったら、見てやってください。
一応動画でも挨拶を。。。
しばらくぶりですが、対談動画やります。今回は元Beepのライターさんのあの方とあの方!これを見ないと一生後悔すると言っても華厳の滝ではナイアガラの滝!!
告知、質問募集動画https://t.co/Yda2YU3KCK pic.twitter.com/71WNentdxp— あべっち@SUNBEAMS (@tojitter) June 18, 2021