ハック18 障害者の本体はどこだ?心ではなく「精神の痛みそのもの」

前回分→気分17障害者になって他人のミスにやさしく 勘違い思い込みは幸せ

 

最近障害者の家族たちと話をして思うのは、基本の構え、というか、まずこう思っていれば しょっぱなミスる(泣かせる、怒らせる)ことは少ないというのがある。

それは、障害者の本体は「精神の痛み、苦しみそのもの」だとおもうようにする、ということだ。

 

 

こういう経験はないだろうか。好きなアイドルや、TV番組、アニメなどをけなされると、 自分が否定されてしまうように感じてしまう、といったことが。

それと似たような感じで、障害者の話をさえぎったり、遠回しでも否定したり、無視したり、聞いてなかったり 反対したりすると、想像以上に泣いたり、怒ったり、はては死にたくなったりするのは、

それは病理学的には 何ちゃらの説明がつくのだろうが、「障害者は痛みや悩みが歩いているもの」と考えておいたほうが簡単だ。間違いがない。

 

だから、話の腰を折れば複雑骨折するし、

良かれと思って意見すれば心が痛がってしまうし。。。といった具合だ。

 

痛みや苦しみが本体なのだから、なにか教えこもうったてまず無理。

 

痛み、悩み、コンプレックス等々を一旦は引き取ってやらなければ ふつうのコミュニケーションはできないと思っていれば、まず間違いない。

この項続くハック19 障害者の会話 ショックをやわらげユーモアで包む工夫

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