障害児の子育てはつらい。ましてうちではやうつ患者が担当しているんだから5

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ママ最初の入院のころ。。。の子育ての話。経管栄養の注入編

ママ最初の入院のころ。ずっとママ中心の話だったので、時期でいうとまた娘の就学前、通所施設に通っていたころの育児の話をしようと思う。

娘は低体重で出産して、1年半くらい大学病院にいた。入院中母乳が逆流するとか、嚥下の問題が持ち上がって、退院して自分(パパの)実家に帰ってきたときには、経管栄養で鼻にチューブが固定されていた。

それからは看護師さんに注入の仕方を教わり、3時間おき、起きてる間はできる限り注入を続けた。

缶やパウチに入っている栄養剤を測って、一定のスピードで注入する。

あまり早いと、外れて噴射してしまうこともしばしば。なれても、時々は失敗する。すると周囲はべとべとになって、とにかく掃除が大変なのだ。

まあ、夜中はしなくていいことになったが、起きている間はのべつくまなくだ。

そんのなのを、朝昼晩ではなく、かっきり3時間おきである。あたりまえだが、感覚でいうとめどがつくまでいつまでも、だ。

さらに、しんどいのが、2週間くらいで鼻から胃の中に入れているチューブを交換しないといけないのだ。多少は慣れるがそれでも、毎回娘は抵抗する。それでもおマンマのためだ、拘束してでも泣いてでもやらねばならない。

左右の鼻交互に入れて、胃液が吸い込めるかで、ちゃんと入っているか確認する。失敗すると、口の中でチューブが丸まっていたりする。

まあとにかく大変だったわけだ。

無理だとわかってても、残念だったこととは。

 

今思い出しても腹立たしい、くやしいのだが、実家の自分の両親も、注入は手伝ってくれなかった。

孫だから猫可愛がりはするけれど、そういう気持ち悪いことはしない、というわけだ。

これを親身に理解してくれて、経管栄養の注入を3回に一回、いや非常時だけでも変わってくれたらママはどれだけ楽になっただろう。。といまでも思っている。

できれば自分の母には「ママが一番苦しんでいるところ」を理解してほしかったと思う。そういう発想まではなかったのだろう。

(ちなみに戦中世代の母は、これまた祖母に子育てを奪われ、「お前は仕事をしてろ」とばかり、仕事を優先させられた体験とかもあるから、子育て感は無意識に歪んでいたようだ。「自分が受けた思いをしないように。。」という方向にはいかなかったというか。。。

チューブがくっついた赤ちゃんのおむつは替えられても、まあ注入はできないか。とも思う。)

※まあ、それでも、気分変調症や性格上の問題もあるから、代わったらかわったで気に食わないことが何かしら起こって、おそかれはやかれ精神崩壊は避けられなかったとも思うが。。

注入一つとっても思い出されるのはこの苦労、面倒さ。

成長や、発語や将来の不安を含めて、ママにかかった負担は想像がつかない。

(聞いた話だと、新任の看護師たちは、互いに相手の鼻にチューブを入れて、その痛さとか異物感を体験するという話を聞いたことがある。

自分もそれにならって自分の鼻にチューブを入れてみてこれはどうにかしないと。。。と克服策をめぐらすのは、また先の話である。

この項目つづく。

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