気分33 障害者は思う 社会のためじゃない結局は自分や家族の満足

気分33 きれいごとじゃない、平等博愛は努力目標、結局は自分や家族の満足のため

前回分気分32 障害者オタクは昭和のオタクが若者に馬鹿にされるか心配だ

気分32-2 障害者とオタクの深い関係 昭和の障害者オタクを救う

こんなツイートを教えてもらった。

飛騨市長のこのコラムがすばらし過ぎるのでみんな読んで。

橋口幸生@新著「言葉ダイエット」Amazonカテゴリ1位 on Twitter
“飛騨市長のこのコラムがすばらし過ぎるのでみんな読んで。知性と優しさとユーモアと、何より想像力。文章力って小手先の言葉遣いとかそういう事じゃなくて、自分以外の誰かを、どれだけ思いやれるかって事なんだよ。”

ここの市長さんは身内に自閉のお子さんがいらっしゃって、そこから障害者の立場に立って 社会的な弱者を助けるために尽力されているというような内容だ。

すごいのは「誤解を恐れずにいえば、(自分の)子供のためである」とおっしゃっていることだ。 まあ誤解をされても揺るがないだけの実績を感じるし、これが本当だと思う。

 

昔は「社会に還元するため」といって無理やり働かされたんだ

 

自分が社会人になった30年前ぐらいのころ、仕事は「社会に還元するため」などと教え込まれたが、 まったくもってうそくさく、ばかばかしく聞こえた。しかし誰もそれを口に出すことはなかった。

会社は規則に縛られ、いいたいことも言えず、労働組合はマイナスに働き、
「残業は20時間しかしてはいけませんと」結局サービス残業をやらされることになったり。。。本当にいいことなかった。

社会どころかなにか還元できただろうか?

でも、たぶん昭和の会社は似たり寄ったり、そんなことを新入社員に教えていたのだと思う。そこの会社が特段悪いわけでもない。こういう時代だったのだ。

社会をよくするため?まったくたいした努力目標だ、

仕事をするのは、自分のためだ、自分や家族が満足することが、まわりまわって社会をよくしていくのだ。

仕事だって、選挙だって、結局は自分や家族のためなんだ。そのつもりで改めて考えていきたい。

この項目続く気分34 家族が障害者で良かった。障害者同士でないとわからない

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